生活保護の制度に対して今国が行っていることがよく書かれています。
少し長いですが、出来れば読んでみて下さい。
一部抜粋します。

私は生活保護費の削減・生活保護基準の引き下げには反対です。

最初から「引き下げありき」だった? 
生活保護見直しを巡る厚労省と当事者・支援者の攻防
ダイヤモンド・オンライン 2013年1月18日

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 会見で最初に発言したのは、弁護士の宇都宮健児氏である。宇都宮氏は最初に、日本の捕捉率(貧困状態にある人のうち公的扶助を利用している人の比率)が欧米諸国と比較して極めて低い水準にあることと、昨年来、孤立死・餓死が多発していることを指摘した。さらに、「むしろ生活保護の利用を促進するべきなのに、生活保護基準の切り下げや利用の抑制が行われれば、今後、孤立死等が多発するのではないか」という懸念を示した。
 生活保護という制度は、生活保護を利用している現在の当事者にだけ関係がある制度ではない。生活保護基準は、国民生活のさまざまな制度と連動している。生活保護基準を引き下げるということは、国民生活の全体を引き下げるということに他ならない。
 生活保護基準が引き下げられれば、おそらく、連動する形で最低賃金も引き下げられる。あるいは、最低賃金が実質的に無意味になるかもしれない。並行して、「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」では、「中間的就労」が議論されているからだ。就労困難な困窮者のために、低賃金ながら就労の道を開こうという趣旨である。特別部会での議論に関しては、本記事の後半で紹介する。
 生活保護基準に関連する他の制度は、他にも数多く存在する。地方税の減免、障害者向け公共サービスや介護保険の利用料の減免基準、社会福祉協議会による貸付制度の利用、公共住宅への優先入居や利用料の減免。子育て世代に対しては、保育園利用料の減免、就学援助、公立高校の学費減免。日本国民の何%が影響を受けるのだろう? 10%台後半にある日本の貧困率から見て、少なく見積もっても25%程度だろうか? 
 宇都宮氏はさらに、生活保護基準の引き下げがデフレを推進する可能性についても「基本的に誤った政策」と鋭く指摘した。生活保護基準引き下げは、間違いなく、国民の多くにとっては所得を引き下げる方向で影響する。国民の所得を引き上げないと、内需は拡大されず、従って、デフレを脱することは困難になる。これは、現在の安倍政権が推進しようとしているデフレ脱却政策と矛盾する。また、生活保護基準に関する「厚生労働大臣が基準部会の議論を受けて結論を出す」という現在の制度についても、「国会で決めるべきです」と異議を表明した。そして最後に「なんにしても、生活保護基準が引き下げられると、当事者は大きな影響を受けます。経済的にも全く誤った政策です。反対します」と締めくくった。
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 精神疾患の悪化から失職し、生活保護利用に至った30代の女性は、当初「生活保護費は税金から成り立っているんだから、本当に必要なものしか買ってはいけない」と考え、おしゃれも、友人とお茶に行くことも、「してはいけないのではないか」と感じていたという。しかし、ボランティア活動などを通じて、友人や仲間とのつながりの重要さに気づいた。今回の引き下げに対しては「生活保護利用者は、誰とも会わないで家にひっそりしていろということなんでしょうか?」と語る。生活保護を「元気になるはずの制度であるはず」と考えている女性は、生活保護がそのような制度でなくなることを懸念している。
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ここ数ヵ月で増えているのは、不安から生活の維持も困難になった生活保護当事者であるという。バッシング報道に恐怖を感じ、家から一歩も出られなくなった女性もいるそうだ。
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現在の生活保護改革で検討されている親族への扶養義務強化に対しては「巻き込まれる親族が出てくることが足かせ」と語り、家計指導の強化に対しては「ゴミ箱の中まで覗かれるような生活」という。
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今、検討されようとしている生活保護制度改革の1つひとつは、筆者にとって「そんな屈辱に甘んじるくらいなら、死んだほうがマシ」と感じられるものである。もちろん、それが一連の改革の目指すところなのであろう。
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 筆者が報告書案から受けた全体的な印象は「困窮者本人の姿が見えない」「困窮者本人の自発的な参加への意志が考慮されていない」「国の役割が見えない」というものである。
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困窮者支援に取り組んできた藤田孝典氏(NPO法人ほっとプラス)は、新しい困窮者支援体制が「新たな水際作戦のツール」となる可能性、貧困ビジネス排除の仕組みが充分でない可能性、生活保護当事者に「まずは就労」を過度に強調することの危険性などを指摘した。
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 これだけの問題があるのに、報告書は、来週、1月23日にはまとめられようとしている。強引過ぎるのではないだろうか? なぜ、このように、結論を急がなくてはならないのだろうか?
 生活保護基準は、かつて一度も、「健康で文化的な最低限度の生活」に足りていたことはない。その生活保護基準が、引き下げられようとしている。「健康で文化的な生活」が議論された結果としてではなく、財源論やバッシングによる感情論の結果として。
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