この件に関しては、和歌山の人々には本当にプライドを持って欲しい。
和歌山の主な政治家はみんな関電にお世話になっており、原発推進派です。
そういう中でのこの結果なのですから。

支局長からの手紙:原発を拒み続けて /和歌山
毎日新聞 6月25日

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 さて、手元に「原発を拒み続けた和歌山の記録」と題した本があります。医師の汐見文隆さん監修の下、「脱原発わかやま」編集委員会が編さんし、寿郎社から先月出版されました。県内の原発反対運動の歴史がつづられているのですが、かつて県内でも日高町阿尾(あお)、同町小浦(おうら)、日置川町(現白浜町)口吸(くちすい)、那智勝浦町浦神(うらがみ)、古座町(現串本町)荒船(あらふね)の5地区で原発が計画されました。
 最初に表面化したのは日高町阿尾で1967(昭和42)年のことです。今となっては5カ所も計画があったのかと驚く人も多いのではないかと思います。この本を読んで「これはひどい」と思ったのは建設予定地の取得を巡るやり方です。製材会社が自社の工場用地として買収しながら、町の求めに応じて関西電力が保有する別の土地と交換したり、開発公社がゆくゆくは国定公園になるからと説明して地権者に手放させたり。住民が怒るのも当然でしょう。
 本書に福島原発事故の教訓を寄せた「子どもたちの未来と被ばくを考える会」の松浦攸吉(ゆうきち)事務局長(70)は言います。「人間はおごりすぎている。エネルギーを大量消費する暮らし方を変え、寸法に合った生き方をすべきだ」と。全く同感です。
 本のカバーは、太平洋に面した日置川町口吸地区ののどかな自然の写真が飾っています。思わず福井勤務時代に見た若狭湾の原発群を思い起こし、頭の中で写真に重ねてみました。原発を受け入れていれば高速道路ももっと早く通っていたと考える人もいるでしょう。でもわたしは、写真を見つめるほどに「原発は似つかわしくない」との思いが強まりました。【和歌山支局長・新土居仁昌】

現在、御坊市が中間貯蔵施設にと狙われています。
 「誘致せず」求める請願を不採択 御坊市議会     2011年06月23日

 『 原発はこうして建てられた・・・伊方原発の30年 』    2011年02月26日

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