私とは見方が変わって、多くの人にとって
受け入れやすい言葉になっていると思います。

憲法記念日に思うこと
後藤正文 / ASIAN KUNG-FU GENERATION / 2017年05月08日

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 憲法9条の力のというのは、そういうマッチョなエネルギーや方法とは別のところにあると俺は考えている。
 その力とは何か。それは為政者に高い知力の保持を強いるということだ。
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 何しろ、軍隊も持てないし戦争もできない。ということは、隣国と緊張しないような外交努力を弛まずに行わなければならない。近くの海にミサイルやロケットを飛ばして国威を示したり愛国心を発揚したりしないで、実直に、ときには煮え湯を飲まされるような気分になることがあっても、内外からの圧力に耐えて、狡獪な相手とも交渉し、もういいやと投げ出さずに平和な状況を維持しなくてはならない。高い知性と判断力が必要な仕事だろう。
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 つまり、憲法9条自体が、思考停止を許さない巨大な「問い」そのものであると、俺は思うのだ。もちろん、難問だ。あの手、この手を尽くさなければならない。
 憲法9条を捨てるということは、70年に渡って政治家たちや国民が保持し、受け継いできたある種の知性を捨てることでもあるだろう。
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 が、こうした条文が有名無実化されようとしている。
「普通の国」というもっともらしい称号(どの国もそんな言葉で褒めてくれはしないだろうけれど)と引き換えに失うものについては、もっと深く議論されるべきだと思う。


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コメント
No title
「憲法9条自体が、思考停止を許さない」で思考が停止している。
交渉ですべて解決できると思いこんでいる。
交渉で解決できないことの存在を受け入れられない。
実に哀れである。

人間の多様性をわずかでも理解していたら、
このような結論には至らないだろうに・・・

カルネアデスの舟板を前にして交渉で解決できるか聞いてみたいな。
akuさん
コメント有難うございます。

人の多様性を理解しているから
殺し合いをしたくないのだと思います。

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