ただであげること

2016/09/12 Mon 11:36

何かをただであげるのを
いけないことのように思っている人が多いと思います。
しかし、ただであげなければ意味がないのです。
それがこの人生の意義だと思います。

見返りがあっては、
何をしているのか分からないのです。
 
倫理 | コメント(9) | トラックバック(0)
コメント
No title
何かをただであげるのは、「いけない行為」ではない。
ただ、自分がもらう人の人格形成に責任ある立場(例えば親)でないなら、
「危険な行為」ではある。

貰う物の正しい価値やそれを作ったり取得するための労力を
貰う人がある程度しっかり認識していないと、
貰う人の価値観や倫理観をぶち壊す危険性がある。

悪くすれば、貰う人をタカリ気質の人間にしてしまう。

先日、ラジオで言ってましたが、
あるパン屋でパンの耳を「0円(タダ)」から「50円」に値上げした。
理由は近所の公園で、子供がハトにこのパンの耳をあげることで
周囲にハトの害が多く発生したため。

何かをただであげるのは、気軽に行わず、
それによる結果まで慎重に慮って行ってください。
No title
この記事のとおりだと思います。

「差し上げる」ことに、元々 見返りはない。

頂いたほうが、お礼とか相手を気遣い 何かを送ったりすることも時にはあるかもしれないけど。
受け取ったよー、^_^みたいな反応があれば、それは儲け物で。

頂きっぱなし&あげっぱなしのほうが、むしろお互い気がラクなくらいの、本来シンプルなもんだと思います。

akuさん
コメント有難う御座います。
世間の価値観は常に不安定です。
それによって支えられる倫理観はないと思います。
R☆さん
コメントありがとうございます。
何かすみません、、(^^ゞ。

神前や仏前に何かお供えするみたいな感じが
ちょうどいいかなと、思いっきり下心有りですが、
何もないのも分かっているみたいな…(^_^;)。
本当はあるんですけど、、、。
(^_^)/
No title
>それによって支えられる倫理観はないと思います。

実際にあるよ。
保険会社の言う「モラルハザード」(『リスクがない』保険に入っていると事故率が上がる)
数値として明確に出ています。

『リスクがない』「タダ」であるということが「勿体ない」という倫理観を壊している一例として、
コンビニで買ったポケットティッシュを使わずに捨てる人はいないが、
街かどで配っているポケットティッシュを使わずに捨てる人はいる。

医療費が無料ということに付け込んで精神科で詐病でうつ病の薬等をせしめる被生活保護者
要もないのに病院に行き国の医療費負担を上げる高齢者

などなど他にも実例がある。

他者の労力によって生まれたものを「タダ(無価値)」だからとぞんざいに扱う人間が間違いなくいる。

他者の労力を無駄にしない為、
「タダ(無料)」は「タダ(無価値)」ではないと知らしめておく必要がある。

だから、考えなしに「タダ」であげるなと言いたい。
akuさん
コメント有難う御座います。
ただじゃないただは既にただではないと思います。
「会話としての正義」(© 井上達夫)=「共生の作法」を実地で学ぶことがポイントでは?
傍から失礼しますが、akuさんは、
複数の問題を混ぜておいでではありませんか。

「ただであげる」とは、セルフネグレクトをせずに済む範囲で「私に今、できることは何だろう?」と考えて提供するということであり、
「価格がついていないものは無価値である」と刷り込みをすることとは全く別でしょう。

ハトなど小鳥に餌をやるにも、食べ残しが出て、よそからも次から次へと小鳥が集まるような状況にしてしまわなければ良いので、パンの耳をタダであげた店主が悪いわけではありません。


以下は、「ただであげる」話です。

随分前になりますが、ドイツにいた頃、市場で、野鳥の給餌に、お釣りの小銭を財布に戻さずに、1ペニヒでも良いので缶に入れてくださいと募金を集めている少年がいて、大概の人は、快く寄付していましたが、一人の婆さまが「私は、そんなものに寄付しません。あなたは、それで良いことをしていると思っているのでしょうが、よく考えなさい。野鳥は、もう十分にいます。この辺で庭や果樹園を持っている人は、収穫は全部、してしまわないで、木1本に1個くらいは取らずに残してやって、それを食べて鳥は生きています。これ以上、鳥を増やして、役場の建物が今でも糞だらけになって掃除が大変なのに、誰が掃除をすると思っているの? 無責任に餌を撒かないで」といったことを切々と述べました。すると、少年も負けておらず、自分は、この活動を前からやっていて、たくさんの人が応援してくれてきたし、鳥の糞が落ちることは皆も知っているけれど、それは甘んじて受けて、それでも小鳥がたくさんいる街のほうがいいと思っているのだ、あなた個人が寄付しないのは、あなたの自由だけれど、私を考えなしだと誹謗するのは不当だ…といったことを一所懸命、言い返していました。平行線ですが、「会話としての正義」(© 井上達夫)で「共生の作法」は守られている婆さまと少年でした(双方ともドイツ人)。

また、ある時、日本にて、子連れで某研究会へ行き、懇親会も参加してホテルに泊まり、朝起きて、そこらで外食をしたところ、店を出たところで鳩が息子に群がってきたので、お小遣いで何か食べさせようと「小鳥の餌あります」と書いてある店に入って、息子が状況を話して、一握りもあれば十分だけど、最小量で何グラムから売っていただけますかと尋ねたら、ご店主がヒマワリの種を一袋くださり(←タダ)、余ったら自分で食べればいいと仰いました。お礼を申し上げて店を出て、群がってくる鳩ぽっぽに、一通り行き渡るだけ食べ残しが出ないように気をつけてやって、あとは持ち帰り、ちょびちょび小鳥にやったり自分で食べたりしました。渡る世間に鬼はいないと親子で話し合いました。
franomaさん
コメントありがとうございます。
ミイラ取りがミイラになるのは、PTSD現象
傍から失礼しますが…
「ただじゃないただは既にただではない」ので、
X線天文学の小山活字じゃなかった…
小山勝二氏は「氏の労力はタダじゃない」し「氏は、だだものではない」のでした。私は身近に観察したので断言できます。お子さまの頃から蒲郡にてウナギの子を取って小遣いを稼いだという賢い御仁でした。私の祖父も貧農の子だったので、田んぼのヘリにて野菜を作って街へ売りに行き、街でしか手に入らないものを買って帰り、それを村で売って少しずつ現金を稼いで貯めて親を助けたそうで…古今東西、同じです。賢い子どもは親を助けるものです。賢い子どもに助けられていることに気づかない親はバカですので、毒親です(例:我が家のDVオヤジ)。そういう毒親の支援をしている西洋白人心理職&精神科医も、ロンドンを忖度してばかりいて「日本人オーバーキル」路線は看過する神田橋医師らも、その目は節穴です。象徴論でも真っ当なことをお書きのブローガー氏で箱庭療法の専門家でおわします翠雨先生にサイバーストーカー行為をなさる idthatid さまは多重人格性のある加害者型PTSDであり、その精神機能は破綻しています。ズバリ…社会に害毒を流す精神障害者なのです。元は単なる石頭=権威主義者だったようなのですが、権力側に取り込まれ、同化なさって
(1)隠蔽
(2)差別
(3)棄民
を推進なさるうち、PTSD現象のなかで世代間連鎖=PTSD負の連鎖に加担なさる結果になったようです。要するに、ミイラ取りがミイラになった典型例でしょう。実は私事で恐縮ですが、私の元配偶者も、元々は反戦平和主義だったのに、「彼ら」の心理操作にやられてトラウマ複合体を超え太らされてミイラ取りがミイラになった例です。ミイラ取りがミイラになるのは、PTSD現象です。

話は戻って、X線天文学の小山勝二氏は「タダじゃない」し「だだものではない」ので、内之浦で飛翔体を飛ばす際には、必ず、お神酒さんを自腹であげておわしました。まさか、研究費から出すわけに行きませんからね。しかし、お神酒さんを上げないと、「ただじゃない」=「ただならぬ」ことが起き得るわけです。それは、何故か?…それは、おそらく集合的無意識が地元の人々が被る負荷を隠蔽したり「なかったことにしよう」としたりした後ろめたさが残り、事故につながるのです。小山勝二氏が活躍なさった時代には、X線天文衛星には重篤な問題は起きず、観測データがどんどん取れたことは偶然ではないでしょう。

小山勝二氏と共著があるジャックさん
http://www.physics.rutgers.edu/~jackph/
は、海藻を“sea vegetables”と表現した京都大学の学生さんを嘲笑なさるような、“sarcastic”なところは一切なくて、常に「正直親切」(© 高村光太郎)= “honesty & diligence” でおわしまして、「日本人はバカばっかりだから、騙すの簡単だよねー」と言う西洋白人にありがちな態度は微塵もありませんでした。こうした“honesty & diligence”でおわす御仁が星を継ぐものなのです。氏は、あるとき、ご次男に哺乳瓶で授乳をなさりながら、アリゲーターに囲まれて怖かった夢について言及なさいました。それは、氏のトラウマですが、トラウマに振り回されずに「何で嫁が授乳しないんだよ、それダメだろ」などと嫁さんを誹謗せず、ご次男に哺乳瓶で授乳できるのは、ココヘッドさん( http://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12074730577.html )の表現では「精神力の強さ」ということになるのでしょうが、PTSD現象学的には、心身一如ですから単なる「胆力」です。胆力があるのは、野蛮人の証しではありませんでした。ヒトは、植物ではなくて雑食の動物なのですから。

ところで、「あんたは野蛮人か?」と感じた時には、東洋医さんが野蛮人なのかを考え直すと良いと思います。ブロガーさんですから、全部、見え見えですね。

東洋医さん
『腸内細菌が体にいいという嘘』
http://touyoui.blog98.fc2.com/blog-entry-472.html
なる極めて常識的な記事を先ほど、お書きになりました。野蛮人には見えませんよね?

ところで…
小山勝二氏、ジャック・ヒューズさん、東洋医さんの共通点は、
“shadow work”側に回らないということです。
回るまいとしているのではなく、結果として回らないのです。わかります?

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