少し長いですが、暇なときにでも読んでみてください。

【ビキニ被ばく60年】第2部:漂う「当事者」(1) 
根拠なき「安全宣言」 今なお島民に後遺症
2014年6月19日 神奈川新聞

米国によるマーシャル諸島・ビキニ環礁での水爆実験から60年が過ぎた。爆心地に近いロンゲラップ島は深刻な被害を受け、今なお後遺症に苦しむ。・・・・・・
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実験から3年3カ月後の57年6月、米政府は島外に避難していたロンゲラップ島民に対し、帰島への「安全宣言」を出した。
 島民は放射能に汚染された故郷の異変にすぐに気付いた。島のあちこちに三つまたのヤシの木が生え、飛べなくなった鳥の姿があった。大好物だったヤシガニも「食べてはいけない」と米国から指示された。
 とても「安全」な場所ではなかった。
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 汚染された食物などの影響は人体に現れ始めた。甲状腺障害や白血病患者が増え、子どもの身長が伸びなかったり、奇形や先天性の脳障害を持つ新生児が産まれたりした。
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 政府は今年4月、第1原発から20キロ圏内の一部で、「避難指示区域」を初めて解除した。事故後3年で踏み切った解除がくしくもロンゲラップの安全宣言と重なる。
 島田は「ロンゲラップ島民はそれまで他の島に疎開して、3年後は安全だと言われて帰された。その意味では福島とロンゲラップの状況は似ていますね。その偶然が何を意味するかは分からないが」と、言葉をのみ込んだ。
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【ビキニ被ばく60年】第2部:漂う「当事者」(2)
故郷奪われた島民 「福島」に思いを重ね

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「発がん率は極めて低いと記されたが、核実験の後遺症に関し、島の人はあらためて驚きパニックになった」。甲状腺の異常や奇形の遺伝などは体験的に分かっていたが、報告で客観的に証明された。
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 米政府に翻弄(ほんろう)され続けたロンゲラップの仲間に思いをはせ、島田は言葉に力を込めた。「私のマーシャルを通じた経験から、福島の被ばくした人たちにへの関わり方として、彼らの言い分をガタガタ言わずに聞いて信用すると決めた。でも、国は聞いちゃいないですよね。もちろん、内部被ばくの問題も健康障害が出ないことを望んでいるが、島を脱出したマーシャルの1985年が福島には来ないことを祈っている」


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