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おつかれさまでした。

ノーベル賞益川敏英さんが死去、その戦争体験と軍事研究反対の言葉
京都新聞 2021年7月29日

 ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんが29日までに、81歳で亡くなった。京都大名誉教授、京都産業大名誉教授。益川さんは科学者の立場から軍事研究への荷担に反対してきた。その背景には戦争の体験があった。2017年の京都新聞インタビューに、研究者の倫理や平和への希求を、京大で先輩教員にあたる湯川秀樹博士への複雑な思いを語っていた。
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 「…日本の防衛省が公募した研究テーマをみると、軍事色は薄いが、一度研究費が支給されると防衛省との関係ができてしまう。技術者は『戦争の道具を作るわけではない。民生でも使える』と言うだろう。だが、その後に防衛省に一本釣りで誘われ、ずるずると巻き込まれてしまう。…」
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「…今は科学者が戦争を意識しなくなってしまった」
「戦争賛成ではないが軍事研究を警戒すべきとは思っていない人や、軍事研究に抵抗感がなく、研究費が出るならやるという人はいる。かつて若手研究者は政治問題に敏感で、社会の状況に反応していた。今はそういう議論に対して拒否反応を起こす。我々科学者は戦争がどういうものか、国民に注意を喚起していく必要がある」
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久米島の日本軍による住民虐殺事件について
詳しく説明されている記事を見かけました。
リンク先の記事、出来ればのぞいてみて下さい。
戦争の一端を知ることが出来ると思います。

戦争に参加すれば、人は狂ってしまうか狂っているかのどちらかです。
ルール無しの殺し合いです、仕方がありません。
だから、戦争は絶対にだめなのです。
準備からしてはいけないのです。

2019-06-26
久米島の日本軍 海軍通信隊の鹿山正隊長と陸軍中野学校の「上原敏夫」

久米島は那覇市の西方100 km の東シナ海に浮かぶ周囲48 km、人口約一万数千人の島で、 沖縄戦では米軍の作戦計画の攻撃目標からもはずされ、日本軍の守備部隊も配置されない孤立した島であったから、本来は戦争の惨劇とは程遠い平和の島のはずであった。しかしこの無防備の小島にも皇軍は存在した。鹿山正海軍兵曹長(33歳) が率いる海軍見張隊 (電波探知隊) 35名の小隊が駐屯し、島の北部のウフクビリ山に電波探知機を設置して、付近に侵入してくる敵の潜水艦や飛行機を探知して小禄の海軍沖縄方面根拠地大本部へ通報する任務を負っていた。…
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久米島郵便局の安里正次郎は、避難するところを米軍に発見されて捕虜になった。彼は抗戦の無益をさとり、米軍の命で分遣隊に降伏勧告状を届けに行って、その場で殺された。
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…計九人が、米軍の上陸と同時に米軍に拉致されたが、その日に帰宅を許された。
六月二十九日夜十一時ごろ、鹿山兵曹長はこの九人を射殺したうえ、金城宅に集め、火を放って焼いたという。
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仲村渠明勇は沖縄本島で米軍の捕虜になったとき、久米島が無防備の島であることを米軍に説明して、島を艦砲射撃の難から救った恩人であった。八月十八日、彼は島に渡り「無抵抗でいるように」と、ふれまわった。そのために仲村渠父子(三人)は、鹿山兵曹長に仲里村字銭田(イーフ原)で惨殺された。
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韓国人の谷川昇一家は、戦前から久米島の字上江洲に住んでいた。彼は貧乏だったが、妻ウタ(大宜味村出身)との間に五人の子供がいた。彼は身におぼえのないスパイの汚名を着せられて、妻子もろとも一家七人が殺された。
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〔答〕ええ、火葬にしました。家といっしょにね、それから、あと片づけをするように、村長に命令しました。ええーと、ワシの見解はね、当時スパイ行為に対して厳然たる措置をとらなければ、アメリカ軍にやられるより先きに、島民にやられてしまうということだったんだ。なにしろ、ワシの部下は三十何人、島民は一万人もおりましたからね、島民が向こうがわに行ってしまっては、ひとたまりもない。だから、島民の日本に対する忠誠心をゆるぎないものにするためにも、断固たる処置が必要だった。島民を掌握するために、ワシはやったのです。
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私は日本軍人として、最高指揮官として、当時の処置に間違いがあったとは、ぜんぜん思っていないからです。それが現在になって、法的に、人道的に悪いといわれても、それは時代の流れとして仕方がない。いまは、戦争も罪悪視する平和時代だから、あれも犯罪と思われるかもしらんが、ワシは悪いことをしたと考えていないから、良心の呵責もない。ワシは日本軍人としての誇りを持っていますよ。
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「もう二度と戦争は起こすな。もうこれ以外はないです。人間が人間でなくなる」
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今回取材を通して感じたことは、戦争というのは急に来るものではなく、徐々に組み込まれていくもの。いざ戦争になってしまったらいくら平和を訴えても遅いということと、誰も守ってはくれないということでした。そうならないためにも、社会を見る目、教育はどんな方向に向かっているのか、マスコミの報道はどうなっているのか、それぞれが注意深く監視することが求められています。
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どれだけ学習しても、どれだけ働いても、
神仏に手を合わせる人にはかなわない。

 
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いい参考になると思います。
お時間が有れば是非読んで頂ければと思います。
ここでは少し抜粋させていただきます。
私は原発は今すぐ全て廃止すべきだと思っています。

なぜ原発を止めたのか~原発の危険性について真剣に議論しよう! 
講師:樋口英明氏
マガジン9編集部 2021年6月30日

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被告側は弁護士も含めて誰一人として法廷に来ませんでした。自分たちが負けると分かっていたから来なかったのです。
 私は訴えが提起された当初から「大飯原発が危険だと思ったら止める。思わなかったら止めない」と言っていました。その言葉に従って裁判を進めてきました。関西電力の弁護士たちは、大飯原発が危険かどうかで判断されたら負けるとわかっていたんです。
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 みなさんは「原発が危険かどうかで再稼働の可否を判断するのは当たり前」と思うでしょう。しかし、多くの裁判では「原子力規制委員会が定める規制基準に施設や地盤が適合しているかどうか」で判断していて、原発が危険かどうかで判断しているわけではありません。
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 福島第一原発では最悪の事故が起きた、とほとんどの人が思っていますが、実はそうではありませんでした。数々の信じられないような奇跡に救われていました。
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 まずは「2号機の奇跡」です。2号機はメルトダウンして格納容器が水蒸気と水素でいっぱいになりました。そうなると、「ベント」といって圧力を抜くしかありません。圧力を抜けば放射性物質が出てしまいますが、圧力を抜かなければ格納容器ごと破裂してしまうからです。しかし、当時は停電していたので自動ではベントができません。放射能を浴びてしまうので人間が行ってバルブを回すこともできない。要するに何もできませんでした。
 3月15日になると、2号機の格納容器には設計基準の倍ほどの圧力がかかっていました。当時の福島第一原発の吉田所長は、「2号機の格納容器が爆発すれば、放射性物質をまき散らしてしまう。そうなれば東日本壊滅だろう」と思ったそうです。しかし、格納容器は爆発しませんでした。その理由は「よく分からない」のです。
 どこか格納容器に弱い部分があって、そこから圧力が抜けたのでしょう。そんなことは絶対にあってはいけないことです。格納容器というのは放射性物質を閉じ込めるために本当に丈夫なものでなければいけません。だけど丈夫ではなかった。いわば2号機は欠陥機であったが故に助かった。これが「2号機の奇跡」です。
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 さらに4号機でも奇跡がありました。4号機は当時発電しておらず、核燃料が装着されていませんでした。長年の運転で核燃料のエネルギー量が落ちていて、シュラウドという核燃料を入れておく場所も傷んできたので、取り替え工事を行っていました。その工事のために、原子炉ウェルというところに、水がいっぱい張ってありました。
 3月11日に停電して、4号機の使用済み核燃料を冷やすための循環水がうまく回らなくなりましたが、エネルギー量が落ちていたために、その日のうちにはメルトダウンしませんでした。しかし、4日もすれば貯蔵プールの水が減って使用済み核燃料が頭を出します。そうなればメルトダウンする。そうなると、福島第一原発から250kmが避難区域になる可能性がありました。東京も含まれています。
 しかし今、我々は東京に住めます。なぜかというと、原子炉ウェルと貯蔵プールの仕切りがずれたからです。ずれたことで原子炉ウェルの水が貯蔵プールに入り、メルトダウンを防ぎました。仕切りがずれた原因は今も不明です。本来は震災4日前に原子炉ウェルの水を抜き取る予定だったのですが、工事が遅れていたので水があったのです。ほとんど神がかり的です。さらに、貯蔵プールの上で水素爆発が起きて屋根が吹き飛んだために、放水車を使って破れた天井から水を注入することができました。
 実際には、ほかにもさまざまな奇跡が重なりました。いくつも起きた奇跡のうち、ひとつでも欠けていれば東日本は壊滅していたのです。これが、本当の福島原発事故の被害の大きさです。
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原発は「被害が大きくて」かつ「事故発生確率も高い」という2つが揃ったパーフェクトな危険だということです。ですから運転を止めるのは当たり前なのです。
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 私が大飯原発を止めた理由は4つです。①原発事故のもたらす被害はきわめて甚大。だから、②原発には高度の安全性(事故発生確率が低いこと)が求められるべき。③地震大国日本において高度の安全性があるということは、高度の耐震性があるということにほかならない。④しかし、我が国の原発の耐震性はきわめて低い。ですから原発の運転は許されないのです。これは「樋口理論」と呼ばれています。
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