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数年後先、数十年後先の自分を考えるのも大切ですが、
数百年後、数千年後、数万年後を考えることはもっと大切だと思います。
今の生命が終わっても、私達はきっといつまでも存在し続けると思います。
もし死んだら全てが終わるのなら、今すら大切でなくなるのですから。

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私は葬式などの宗教を信仰していない。

時々思います、
こういう宗教を信じている人は、
死者の供養を出来ると信じているから
生きているものを粗末にするのかと。



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神社本庁は解散すべき

2021/11/24 Wed 22:45

神社というものは各々信仰の形が違う。
ある大きな団体に統括されるべきものではないと思います。
神社本庁は解散すべきだと思います。


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どれだけ学習しても、どれだけ働いても、
神仏に手を合わせる人にはかなわない。

 
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神仏を試みてはいけない

2021/04/06 Tue 11:13

「神仏を試みてはいけない。」と、よく言います。
それ以上の加護を受け難くなるというのが、
一つの理由ではないでしょうか。
神仏の怒りなどは発生しない、

それが約束のようになってしまう可能性があるから
多くはきっと無視してもらえる。

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自殺について思うこと

2021/01/09 Sat 22:21

死んだからと解決出来ることは何もないと思うのです。
死後も因縁や業というものは継続すると思うのです。
その苦しみは死後も継続する。
だから、自殺は無意味だと思います。

死にぎわの苦しみを余分に経験するだけだと思います。

 
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宗教に救いや依存を、
自他どちらでもいい、
見出しているのなら、
私は何か誤解されていると思う。

宗教は道や法という感じなのだと思います。
観察と信仰が混ざり合って完成していく。





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神社というものは各々信仰の形が違う。
ある大きな団体に統括されるべきものではないと思います。
神社本庁は解散すべきだと思います。
 
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ラマダンの月に、
人を傷つけたり争いごとを起こす者は
イスラム教徒ではありません。
 

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創価学会、生長の家…、
中規模以上の新興宗教の多くは、
おおよそ商売や生計の為に集っている。
信仰心をもって集っている人たちは少ないと思います。
 
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遺骨を大切にする人が多い

2018/08/18 Sat 22:20

遺骨を大切にする人が多いのはどうしてなのだろう。
この宗教を理解するのは私にとっては困難です。
勿論自分にとっては理解することが困難な宗教でも
尊重することには変わりないです。

私は死者や遺体を供養できる人はいないと思っています。
そして、その必要もないと思っています。
死しても未来世において業は継続させられると思うからです。
死者や遺体に供養する余裕があるのなら、

今生きている人に供養して欲しい。
死後のその機会を信じて、
生前の機会を失うのは余りにも悲しいです。


 
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創価学会、生長の家や日本会議は、
宗教や政治で人々がつながっている訳ではない。
生計でつながっているのだと思います。
そういう団体であること、

私達はいつも認識しておかなければならないと思います。

 
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無縁仏という言い方、仏教界はもう少しよく考えるべきだと思います。
死者=仏のような捉え方は世間に大きな誤解を生みやすいと思います。
「縁の無い仏などあることなく、仏は全てと縁じている」と思います。

無縁仏 政令市、10年で倍増 貧困拡大背景
毎日新聞2017年7月16日
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私は信仰を問われると、いつも神道と答えています。
日本会議や神道政治連盟が浄められることを願います。

現役宮司が日本会議を批判 全体主義のこわさに警戒を
2017/1/12 AERA dot.

・・・・・
 まず申し上げたいのは、神社本庁の包括下にある神社で、政治活動に積極的にかかわっている神職は、全体の1%ほどしかいないということです。
 ほかは、神社本庁が改憲署名用紙を置いてほしいと言うから署名簿を置く。選挙で誰かを応援してほしいと言うから応援する。何となくやっているだけです。
・・・・・
神職になるには、…研修をするのが一般的です。このとき、上の方針に絶対逆らうなと徹底して教育されます。上の方針を批判したり、変更したりすることは一切してはならない。神社本庁が考える「伝統」のみが理想であるということ。機関紙の「神社新報」をはじめ、さまざまなルートでそうした「伝統」を刷り込まれるのです。いまの神社界にいる限り、そうした全体主義から抜けることはできないでしょう。
・・・・・
 神社本庁は、明治政府がつくった「国体」を日本の「伝統」と思い込み、天皇を頂点とした家族主義的国家の実現を目指しています。
 本来、多神教である神道には、一つの価値観や規律で国民を縛るという発想はありません。神道の伝統をはき違えています。
・・・・・
日本会議は神社本庁の「伝統」と1%の「真性右派」をうまく利用することで、動員力と資金源を手にしました。全国に8万もの拠点を持つ神社本庁を取り込むことで、小さな組織を大きくみせることに成功したのです。
・・・・・
 神社本庁の政治組織である「神道政治連盟」の政策委員の顔ぶれも、神職主体から、日本会議周辺の思想家中心に変わりました。
・・・・・
 いつの時代も人々が従順であれば、一部の人間の意思でいつの間にか極端な社会になるのが、全体主義の怖さです。気をつけねばなりません。

 
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宗教は救いではない

2017/05/06 Sat 21:15

宗教は救いではなく、道だと思います。
途中に出会うかも知れない神仏に強く執着してはいけない。
神仏ともなればあなたの信心を問うことは、本来ないはずです。
あなたがどのような心の状態であってもいつも加護してくれています。

そういう存在には、いつも敬意をもっていたいと私は思います。
 
 
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神道には教えがなく、それだけに浄いと思っています。
教えがないから神を利用しやすいのかも知れませんが、
それがどういうことなのか、何をもたらすのか、
よく考えて感じて欲しい。

ただひたすら神様に浄めて頂くこと、
それが大事だと私は思います。

 
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ラマダンの月に入りました。
本当のイスラム教徒はこの月には絶対に争い事は起こさない。
ただ断食するだけの月ではないのです。
あらゆる穢れ(けがれ)を遠離することが求められている月です。

もし、他人を傷つけるものがいれば、それはイスラム教徒ではありません。

★2016年ラマダン月 6月6日~7月5日

この数年、ラマダン月にもテロが頻発しています。
本当に悲しいかぎりです。
身をたとえ一時的であっても清めることの大切さを
宗教指導者の方々にはもっと強く語って欲しいです。
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「止観」

2016/02/06 Sat 16:34

先日テレビで「止観」の説明をされていた。
やさしく丁寧に説明されていたと思います。
しかし、私は「止まって観る」ただそれだけの意味、
説明もただそれだけでいいと思っています。

「止観」、大切なことだと思います。


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黙とう等、追悼の号令をかけるのは止めて欲しい。
宗教観は人それぞれ、苦しむ人が必ず出てくると思います。

それを何等かに利用しようなどとする者らには大きな注意を払うべきだと思います。


 
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神仏はその存在に係わらず、
信じる者に対しては同じ効果があるのだと思います。
存在すれば問題ないし、
存在しなくてもゼロへの祈りは無限に拡がり

無限に効果を及ぼすと思います。
そのレベルは果てしなく高く。
神仏の力に匹敵する。

 
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